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Hokkaido Digital Museum

北海道の歴史と文化と自然

カムイへの祈り—信仰

アイヌ民族の信仰では、この世のあらゆるものに〈魂〉が宿っていると考えられました。なかでも、動物や植物など人間に自然の恵みを与えてくれるもの、火や水、生活用具など暮らしに欠かせないもの、天候など人間の力が及ばないものを〈カムイ〉として敬いました。

アイヌの信仰のあらまし

アイヌ民族の信仰では、この世界は人間とカムイとがお互いに関わりあい影響を及ぼしあって成り立っているものだと考えられていました。このような考え方は、自然との関わりを深く持っていた昔の暮らしにとっては、生活に必要なものを手に入れたり使いこなしたりするための知識やしきたり、あるいは天災や病気への心構えなどを表すものでした。

「カムイ」というアイヌ語は、日本語では「神」や「仏」などと訳されることが多いようです。けれども「カムイ」という言葉は、日本語の「神」とは、ある程度意味の重なる部分もありますが、一致するものではありません。そこで、ここでは「カムイ」というアイヌ語を用いることにします。

現代では、日本に住んでいる他の多くの人々と同じように、アイヌも一人ひとりがさまざまな信仰観を持って生活しています。
一方で、今日のアイヌ文化の復興・継承の動きともあいまって、アイヌの精神文化についても関心が高まり、近年、各地でアイヌ独自の信仰や儀礼を学ぶ動きが見られたり、昔の儀式が復活したり、あるいは新たに創造されたりしています。
ここでは、明治から昭和初期に生まれ育った人たちが伝統的なこととして意識してきたことを中心に説明します。

アイヌの信仰には、キリスト教の聖書や仏教の法華経(ほけきょう・ほっけきょう)のような決まった教義や教典があるわけではありません。儀式の作法やカムイに対する意識などには、多くの地域で共通してみられる決まりごとや考え方がある一方で、地域ごとに、あるいは人によって異なる点もあります。
また、どの民族の伝統文化についてもありえることですが、みだりに人に話したり聞いたりしてはならないことや、その人の年齢や性別、立場によってそれぞれに、ふるまいや関心の持ち方を慎むべきことがあったりします。

さまざまなカムイ

どのようなものをカムイと考えるかは、地域や個人によってさまざまです。大まかには火や水、太陽や月、動物や植物などのほか、地震や雷などの自然現象や病気もカムイであったり、カムイが引き起こしたこととして考えられました。また、このような自然のものばかりでなく、人間の手で作られた舟や炉鉤(ろかぎ)、臼(うす)や杵(きね)などの道具類もカムイであるといわれています。

クマ
キツネ

人間の生活に役立つカムイ

人間が無事に暮らせるように守ってくれたり、人間の力だけでは足りないところを補ってくれたりするカムイもいます。
火のカムイは、大切で身近なカムイとされています。火は人間に温もりや灯りを与え、その熱で煮炊きをさせてくれるばかりでなく、人間の訴えや願いを聞き入れて他のカムイへ伝えてくれます。もし、人間の祈り言葉に足りないところがあれば、それをうまく補う役目も果たしてくれます。
シマフクロウは、村を見守る役目があるカムイとされ、アイヌの人々からとても尊敬されています。植物のカムイには、魔物を近づけない力を持つものがあります。

炉で燃える火
(写真提供:一般財団法人アイヌ民族博物館)
シマフクロウ

恐ろしいカムイ

人間の世界へは、恵みを与えてくれる良いカムイばかりでなく、人間が太刀打ちできない恐ろしい力を持ったカムイもやって来ます。人間の命を奪ってしまうような天然痘などのカムイは、人間の村に病気を流行らせることを目的にやって来て、その使命を果たさないうちはカムイの世界へ帰らないといわれています。また、暴風雨や雷なども大きな破壊力を持っており、人間が畏れ敬って接しなければならないカムイたちであるといわれています。

カムイを送る

カムイを送る儀式に供えられたごちそう
(写真提供:一般財団法人アイヌ民族博物館)

人間の世界での役目を果たしたカムイは、いずれ、そのカムイの家族や仲間が待っている、カムイの世界へ帰ることになります。
その際、人間は、自分たちの生活に必要なカムイたちが再びやって来ることを願い、カムイが喜ぶとされる木幣(もくへい)や酒、団子や干したサケなどの食べ物と一緒に感謝の祈り言葉を捧げます。その言葉を受け取ったカムイは、その家族や仲間に対して人間に親切にされた体験を聞かせます。そうすることで、そのカムイはもとより、他のカムイたちもきちんとした礼儀を持って祭ってくれる人間のところへ遊びに行きたくなると考えられています。 このように丁寧に送られて祭られたカムイは、さらに立派なカムイになり、仲間たちからも尊敬されるのだといわれます。

人間が動物などを捕らえて肉や毛皮を手に入れるのは、その動物の命を奪うことになりますが、それは肉体からそのカムイの“魂”を解き放つことでもあると考えられました。人間はその肉体を受け取り、“魂”をカムイの世界へ送り帰すことになります。

カムイに祈ること

祭壇で祈る男性
(写真提供:一般財団法人アイヌ民族博物館

カムイへの頼みごとやお礼など、人間から伝えたいことがあるときにカムイに対する祈りを行ないます。
これらの祈りは、ちょっとした頼みごとから集落全体の安全などを祈るものまで、さまざまな形で行なわれます。
また、日常生活のいろいろな場面で行なうもの、舟を作ったり家を建てるときなど大切なことがらの際に行なうもの、あるいは豊漁の祈願やそのことに対する感謝のように行なう時期が一年の中である程度定まっているものがあります。

木幣を作る様子
(写真提供:一般財団法人アイヌ民族博物館)

カムイへ祈るときには、さまざまな祭具が使われます。
「木幣」は、ヤナギやミズキなどを切って皮をはいだものの外側を削って房のようにしたものです。さまざまな形状のものがあり、神へ捧げたり、魔ものを払うときに使ったり、その木幣の本体を「家を守るカムイ」として祭ったりと、いろいろな用途があります。
彫刻が施されたへら状のものは、カムイや先祖へ酒を捧げるために作りました。へらの先端を酒につけ、その滴を火のカムイや木幣などにふりかけます。カムイに捧げる酒を入れる椀は、食事用の椀と区別して用いられました。

儀式用の椀とへら
(写真提供:一般財団法人アイヌ民族博物館)
色々な木幣
(北海道大学附属図書館北方資料室)
酒を捧げるためのへら
(写真提供:一般財団法人アイヌ民族博物館)

いろいろな祈りごと

カムイへの祈りは、いろいろな目的のもとに行なわれます。ここでは、そのいくつかの儀礼をとりあげます。

クマのカムイを送る儀式

『蝦夷島奇観』に描かれたクマを送る儀式の様子
(北海道大学附属図書館北方資料室)

クマのカムイの“魂”は、山で獲った人がその場で、あるいは仕留めたクマを村へ運んでから皆で送ったりしました。初春に冬眠中の親グマを獲ったとき、その巣穴に仔グマがいた場合にはその仔グマを生け捕りにして、村で2年ほど飼い育ててからカムイの世界へ送る儀式を行なうことがあります。
村の人々が大切に仔グマを育て、たくさんの土産を持たせてカムイの世界へ送り帰すことで、それに感謝したクマのカムイが再び人間の世界へ訪れることを期待したものです。このような儀式は、カムイの“魂”を送る儀式の中でも特に重要な儀式とされ、近隣の村から大勢の人を招いて盛大に行ないます。
このようなクマを送る儀式について、「何かに捧げる“いけにえ”としてクマを殺している」と説明されていることがありますが、決してそのように考えられていたわけではありません。

サケを迎える儀式

サケの漁期が始まる前にその年が豊漁になることを祈り、漁期の終り頃には豊漁だったことを感謝する祈りをします。

伝染病のカムイを避ける祈り

伝染病が流行りそうなときや流行ったときには、臭いの強い植物を家の戸口や窓、庭先などに置いたりして、伝染病のカムイがよその土地へ行ってくれるように祈ります。

先祖供養の儀式

先祖供養する女性
(新ひだか町アイヌ民俗資料館)

先祖の暮らす「死後の世界」へ供物を届けてもらえるよう火のカムイに頼みます。お菓子や果物は砕いたり割ったりして供え、タバコもちぎって撒きます。このとき、自分の名前や先祖の一人ひとりの名前をはっきり口に出さないと、供物はきちんと届かないともいわれています。

アイヌの信仰に関わる祭具などの、比較的まとまった量の展示があったり、貴重な資料を展示している施設

北海道内

北海道博物館


北海道立アイヌ総合センター


北海道大学北方植物フィールド科学センター植物園(北大植物園) 北方民族資料室


旭川市博物館


帯広百年記念館アイヌ文化情報センター「リウカ」


苫小牧市美術博物館


新ひだか町アイヌ民俗資料館


萱野茂二風谷アイヌ資料館


平取町立二風谷アイヌ文化博物館


国立アイヌ民族博物館


函館市北方民族資料館


北海道立北方民族博物館


※さらに詳しい内容は、「北海道博物館」のホームページに掲載している「アイヌ文化紹介冊子 ポン カンピソ」でご覧いただけます。

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