琥珀製首飾り
北見市ところ遺跡の森
今日はちょっと長旅。すぐ近くの遺跡からスタートです。
オホーツク海沿岸とサロマ湖の東岸からは、複数の遺跡が見つかっています。そのうち状態の良い遺跡が国指定史跡「常呂遺跡」として登録され、一部が「ところ遺跡の森」として整備されました。続縄文、擦文の竪穴住居跡が見つかっている場所には復元住居が作られ、まわりの環境とともに当時の暮らしが想像できるようになっています。
園内には役割の異なる3つの施設が設置されています。「ところ遺跡の館」は、遺跡の出土品を展示する中核施設。北海道やオホーツク地域の歴史全体の流れを知ることができます。「ところ埋蔵文化財センター」は、出土品の収集・保存の施設。収蔵庫をガラス越しに見学でき、土器づくりなどの体験も行なわれています。「東京大学常呂資料陳列館」は、研究施設として学術的に貴重な資料を公開しています。
常呂遺跡の中でも、縄文からオホーツク文化まで最も多くの竪穴住居跡が密集しているのが、海岸沿いの砂丘に広がる「栄浦第二遺跡」です。オホーツク文化の竪穴住居跡は、オホーツク沿岸では最も多い45基が見つかりました。案内板が設置されていて、竪穴住居跡を間近で見学できます。さらに、オホーツク文化の竪穴住居跡やアイヌ文化のチャシ跡が発見された「トコロチャシ跡遺跡群」があり、今後公園として整備される予定です。
常呂遺跡以外にも、常呂地区には重要な遺跡が多くあります。「常呂川河口遺跡」の、約2000年前の続縄文文化の墓からは、2500個ものコハク玉を連ねた豪奢な首飾りが出土しました。サハリンからもたらされたと考えられ、北方との交流があったことがわかります。ほかに土器など副葬品の多さから地位の高い人物だったらしく、道内で見つかった墓の中でも有数の豪華さだとか。また、同遺跡のオホーツク文化の住居跡からは、精巧なラッコの彫像が見つかりました。これらの出土品は「ところ遺跡の館」に展示されています。
オホーツク文化の人々は、流氷の季節にアザラシなどの海獣を捕っていました。
道の駅に併設された「北海道立オホーツク流氷科学センター」は、世界で唯一の流氷がテーマの科学館です。夏でも本物の流氷に触れる体験などができる、マイナス20度に保たれた「厳寒体験室」や、オホーツクの自然を4K映像で映し出す「ドームシアター」、クリオネを通年展示しているコーナーもあります。施設内には紋別のお土産品販売の店舗があり、テイクアウト用のドリンクも購入可能です。また、紋別市内中心部には紋別名物「揚げかまぼこ」を提供している店もあり、アツアツが食べられます。
そのほか、施設の近くには紋別市のシンボル、巨大なカニの爪のオブジェが設置されていて、絶好の記念撮影ポイントです。
紋別市街から約7kmのオホーツク海に面した高台には、擦文文化を中心に208軒の竪穴住居跡が見つかっています。遺跡に関する記録は江戸時代末からあり、探検家・松浦武四郎はアイヌの人から聞き取って、このあたりに多くの竪穴住居跡が存在することを著書『西蝦夷日誌』に記しています。
遺跡はA、B、Cと大きく3つの竪穴群からなり、1964(昭和39)年に「オムサロ台地竪穴群」として北海道指定史跡になりました。そのうちC遺跡の南端部を整備し、遺跡公園として公開しています。遺跡公園内には擦文文化の竪穴住居が2棟復元され、擦文文化の特徴の、方形でカマドが付いていたことがわかる住居跡を見ることができます。オムサロ台地竪穴群には縄文から人々の暮らしがあり、オムサロC遺跡からはオホーツク文化の住居跡や墓も見つかっています。出土品は遺跡公園内の資料室と、紋別市立博物館に展示されています。
また、1月〜3月上旬の、国道238号を挟んだ海岸沿いに広がる「オムサロ原生花園」の流氷岬は、絶好の流氷見学スポットです。
オホーツク北部沿岸のまち・枝幸町の海岸線に沿って、オホーツク文化の集落跡「目梨泊(めなしどまり)遺跡」があります。神威岬(かむいみさき)が突き出し湾になった地形は船をつけやすく、岬は船乗りの目印になっていたと思われ、北の大陸および南の本州との交易拠点でした。
7〜8世紀半ば、大陸のアムール川流域にあった靺鞨(まっかつ)文化との結びつきが強かったことを示すのが「青銅製帯飾(おびかざり)」です。大陸からもたらされたと考えられ、この遺跡からは5点見つかっています。
そして8世紀を境に、大陸に替わって奈良・平安時代に入った本州との結びつきを強めていきました。本州で作られた「蕨手刀(わらびてとう)」は、東北地方との交易で持ち込まれたものです。さらに2018年、「金銅装直刀(こんどうそうちょくとう)」という古代の刀を、地元の高校生が発見しました。刀の金具はすべて金で覆われ、とくに、鐔(つば)と足金具(あしかなぐ)という刀を帯から吊るす部品には、奈良時代の日本に唐(中国)から伝わっていた文様の装飾が隙間なくほどこされていることがわかりました。このような豪華な刀の出土は、北海道のみならず東北以北で初。オホーツク文化が、都のある畿内、そして唐にいたる北東アジア世界のつながりの中にあったことを示しています。館には、国の重要文化財である目梨泊遺跡の出土品204点を含むオホーツク文化の紹介を中心に、最新の成果である金銅装直刀の展示コーナーも設置されています。
時代が移り変わる中でも、神威岬の周辺は砦や儀式の場であるチャシとして活用されました。その岬の風景は今も変わっていません。
ほかに、内陸の歌登(うたのぼり)地区で見つかった、約1400万年前のほ乳類「デスモスチルス」の全身骨格化石(複製)や、シャチの全身骨格標本の迫力ある展示も必見です。
*写真はすべて「オホーツクミュージアムえさし」提供
再び紋別市まで南下。明日に備えて、長距離移動の疲れをゆっくり癒やしましょう。